子供の頃のクリスマス
街が一年で一番彩られるクリスマス。店のショーウィンドウはクリスマスカラーで飾られ、街のあちこちでクリスマスソングがかかり誰もかれもが浮き足立つそんなシーズン。
イリノイ州ハイランドに住むジョン・ドラーは父親と母親と3人暮らしのごく普通の男の子でした。ジョンも他の子供たちと同様、クリスマスを毎年とても楽しみにしていました。街行く人の「メリー・クリスマス」という挨拶も、カラフルなイルミネーションも。
12月に入りクリスマスが近づいてくると、クリスマスマーケットが開かれます。家やツリーを飾るデコレーションや、ちょっとしたギフトなどが売られているのです。とても賑やかなこのマーケットに父に連れられて行くのがジョンのこの季節の一番の楽しみでした。
クリスマス当日
いよいよクリスマスを迎えるとジョンは興奮してなかなか寝付けず、朝も早起きしてしまうのが毎年の習慣でした。父も母も前日のパーティーの疲れかぐっすり寝ているようで、家の中はとても静かです。
ジョンは自分の部屋からこっそり両親の寝室を覗いてみることにしました。父と母が眠っているベッドを見るとなぜか違和感があります。どうやら父しかいないようです。家の中は静かで特に変わりわないし、キッチンにいるのかとでも思い自室に戻ることにしました。
ジョンが再び目を覚ましてリビングに行ってみると父と母が揃っていてクリスマスプレゼントを開けるのにジョンを待っているところでした。
ところが翌年も・・・
そんなことなどすっかり忘れていた翌年。また朝になると母親はいませんでした。しかし午後気がつくと戻っているのです。父も母も何も言わないし、気のせいかとも思ったのですが、また翌年、さらに次の年も・・・どうやら母親はクリスマス当日どこかに出かけているようでした。
母親の謎の行動
だんだん大きくなって行ったジョンは次第に母親の行動を奇妙に思い始めます。毎年必ずクリスマスに数時間だけ誰にも言わず姿を消す母・・・父も特に何も言わないようですが一体なんなのでしょう?
クリスマスのお祭り騒ぎの中、数時間だけいなくなる母親。ジョン自身も友達や親戚のプレゼント選びに忙しく、母親も忘れていた買い物にでも行ったのだろう。誰かのプレゼントを買い忘れちゃったのかな?と軽く考えていました。ある時、何の気なしに母に尋ねてみたところ母はしどろもどろに言い訳を始めました。ジョンは疑惑を持ち始めます。何か家族に言えないことなのだろうか・・・。何度か聞いてみても母親の説明は要領を得ず、話が噛み合わなかったり辻褄が合わなくなったりしてきました。
ジョンの母・スー
ジョンの母親・スーは敬虔なクリスチャンで、暖かく家族をとても大切にしている良き妻、良き母でした。人としても尊敬できる真面目で誰に対しても愛情深い人でした。いつもジョンに対して優しく、人生とは何か教えてくれる教師のような存在でもありました。ただし、クリスマスの日の謎の行動を除いては・・・。
ジョンは母親が何か不貞を働いたり、人に言えないような悪いことをする人ではないと理解していました。いくら尋ねても本当のことを語ってくれない母親に若干諦めの気持ちもあり、もう何も聞かないことにしたのです。
彼は別に母親が悪いことをしているとは思っていませんでした。ただ単純に何をしているのか知りたかったのです。本当に母は一体どこで何をしているのでしょう?普段の母親は毎日同じ時間に起き、家事をこなし、買い物に行き、庭いじりをする所謂普通の主婦です。
彼女の日常
12月に入ってからジョンはスーに何か変化はないか、毎日観察してみることにしました。クリスマスの買い出しで若干いつもよりは忙しいものの、特に毎日のルーチンには変わりないようです。
そしてクリスマスの日、スーはふと誰にも何も告げず、車で出かけて行きました。買い物に行くときは誰かに声をかけて行くのに・・・。長年続けている母親の謎の行動。一体彼女がどこで何をしているのかジョンが知る日は訪れるのでしょうか?そして例年通り彼女は何食わぬ顔で自宅に戻ってきたのでした。
それから数年後、ジョンは大人になり教師として働きながら作家として執筆活動を始めていました。優しく、賢く成長し、自分の人生を歩き始めたジョンのことを両親は誇りに思ってくれていました。ジョンは教師という職業にやりがいを感じながらも、空いた時間で執筆活動を進め自分の著書を出版するまでになったのです。そして新しい著書が出た時にはキャンペーンのため世界を旅行するようになりました。
教師として作家として
ジョンの母親・スーはジョンに対して家族の大切さを教え、ジョンがやりたいことをできるよう、常にサポートしてくれていました。ジョンの成功はスーのサポートがあってこそ、ということをジョンも理解しており、母親のことが大好きでした。
そのため必ずクリスマスは家族と過ごし、どこにいても何をしてもその時期には実家に帰るのが常でした。海外にいる場合はお土産を、近くにいる場合は皆が喜びそうなクリスマスプレゼントを持って。その後彼はミシシッピ州へ引っ越し、地元の学校で教師生活を30年続けたのち、ジョージア州そしてイギリスへ引っ越しました。
教師として長年働いた後、ミズーリ大学セントルイス校が主催するゲートウェイ・ライティング・プロジェクトのコンサルタントとして働き始めました。これは質の良いライティングの教育を生徒が受けられるように、教師の指導方法やライティングスキルを上げる目的で作られたプロジェクトです。
母親の誇りであること
ここまで教師として作家として成功できたのも全て母親のサポートがあったからこその事だとジョンは思っていました。スーも息子の成功を誇りに思い、とても喜んでくれていました。だからあった時にはいつも自分が今思っている事、気になっている事から、仕事のこと、旅行中起こった出来事など常に母親に伝えていました。離れて暮らしていても気持ちは共有していたのです。
ジョンは30年間教師として働いてきた事、また作家として文筆活動を行なってきた経験を生かし、ゲートウェイ・ライティング・プロジェクトで働くことにしました。偶然か、彼が気がつかないうちに母親が導いてくれたものなのか、自分の好きなことをしながら生きて行くという生活をできるようになっていました。彼の書くこと、教えることに対する情熱を活かせる絶好の機会だったのです。このオファーがあった時、ジョンはすぐさま了承しました。
若者たちのライティング技術の向上を目指して
1978年に設立されたゲートウェイ・ライティング・プロジェクトは、ミズーリ大学セントルイス校が主催する、ナショナル・ライティング・プロジェクト・セントルイス校の公式サイトとなっています。またミズーリ州の5つの拠点をつなぐ、ミズーリ・ライティング・プロジェクト・ネットワークのメンバーでもあります。ゲートウェイ・ライティング・プロジェクトはこれらの機関とのパートナーシップを通じて、ミズーリ州周辺の教師や生徒にサービスを提供している団体なのです。
多くの作家や教育者たちがこの団体でコンサルタントとして、学生の教育のために自分たちの知識と技術を提供しています。学生たちがより質の良いライティング教育を受けられるよう、教師たちの環境を整えたり、教材を提供したり、また教師自身のライティングスキルの向上を目的にしています。
ジョンはコンサルタントとして指導しながら、「STR8-UPMagazine」でライターとしてコラムを執筆し始めました。
自分の言葉
この雑誌はイリノイ州ベルビルのタウン誌で、メトロイーストの文化や音楽、アートなどの情報を載せていました。ジョンも気の向くまま、町のアートイベントやローカルマーケット、町の文化など自分が興味を持った事柄について、様々なジャンルのコラムを投稿しました。
この雑誌には他にもコラムを執筆している仲間がいました。仲間たちと町の出来事について語り合ったり、文章を論評しあったりするのはとても楽しい時間でした。同じ事柄でも人によって着目する地点が違ったり、表現が異なるのは新鮮で興味深い発見でした。今まで身近にあった地元のアートや文化について自分の言葉で人に伝えることができたというのは、何よりも得難い経験でした。
数年後ジョンは「99ワード」という連作を書き始めました。自分の心の中や、周りの出来事、どんな小さなことでもいいから文章に残す、ということを人々にも勧めたいという気持ちからでした。これは以前から彼の頭の中にあったアイデアでしたが、ようやく形にすることができたのです。
「99ワード」
この連作は1編が99単語で書かれており、短いポエムのようでしたがパンチがあり、驚くべき結末で結ばれていました。この99単語のショートストーリーは99話執筆され、2012年ブラックローズ出版社から出版されました。短い話ながらも人生の教訓が散りばめられていて、後にサン・ヘラルド紙のインタビューで「言葉の経済の教訓と呼べるものだ」とジョンは語っています。
ジョンが自分が得意とすること好きなことを仕事にしたことは幸運だった、という人もいるでしょう。もちろんそうかもしれませんが彼は自分が好きなことに対して労力を惜しむ人ではありませんでした。また好奇心旺盛で、取材する対象とすぐに仲良くなれるような親しみやすい人柄を持ち合わせていました。
彼はこの短編集の成功により、誰もが名を知る有名作家になりました。地元カーリンビル作家ギルドのホスト達も彼の功績を評価し、彼自身もその実績を誇りに思っていました。
誰にでも好かれる明るい性格
ジョンが有名になったのは、本を執筆したからだけではありませんでした。取材で出会った人やインタビューが掲載された雑誌では常に笑顔で明るい印象を人に与えていたのです。それだけでなく、その笑顔や言葉は周りにパワーを与えるようなポジティブなものでした。
仕事のパートナーであるロビンはジョンのことを本当に尊敬していました。「多くの人が彼の魅力に惹きつけられました。もちろん、僕もその一人です。彼の言葉や行動の端々にはユーモアに溢れ、触れているだけでポジティブな気持ちになれるんです」と称賛しています。
もちろん、ロビンは「99ワード」についても大人のための寓話のようなものでいかに素晴らしいかを語っています。そんな「99ワード」は、彼の人柄もあり地元や彼の周囲では絶賛されましたが、当時多くの地域で販売はされていませんでした。
豊かなイマジネーション
ジョンは幼い頃から想像力豊かな子供でした。しばしば語られる彼のその突飛な考えは時に両親や周りの人を驚かせたものです。しかし、作家という職業や物語を作り出す、ということにおいて、この想像力というものは何より必要なもので、彼がなるべくして作家になったというのも頷けます。
ロビンは「99ワード」についてこうも語っています。「99の話の中には、蛇に騙されたり、喋るリスが出てきたりといった取るに足らないような馬鹿げた話も出てきます。しかしそんな何気ない話でも使われている言葉が詩的だったり、心に刺さるエピソードだったり...小さなお菓子を少しずつ食べるように読み進めることができるのです。こんな話を思いつける彼が大好きですし、誇りに思います」
作家にとってイマジネーションを膨らませたり、何か物語を作りたいといったエネルギー源があるはずです。ジョンにとってのこの原動力は彼の母親でした。母親は彼が小さい頃から彼の想像力を生かすには作家が向いていると常に語ってくれていました。
母親の存在
ジョンは幼い頃から自分を支えて励まし続けていてくれた母親のことを、常に尊敬し感謝していました。著書の中でも彼女から受けた影響と、サポートしてくれたことについての感謝を繰り返し書いています。
例えばこんなことも。「幼い時に家族で旅行に行った際、母親が面白楽しく話をしているのでそれを録音しようとしたら、その途端彼女は話すのをやめてしまうんだ。僕が録音ボタンを離すと話だして、録音ボタンを押すと離すのをやめて、その繰り返し」。ジョンは愉快そうに思い出を語りました。この母親の茶目っ気のあるエピソードももちろん彼の創作意欲のアイデアの一つになったそうです。
とにかく母親は明るく、誰とでも仲良くできるとてもオープンな女性でした。なのになぜクリスマスにはあのような謎の行動をとっていたのでしょう?また誰もその謎を知らないというのも輪をかけて奇妙だと言わざるを得ませんでした。彼の父親に対しても真実は告げていなかったようです。
母親の言い分
母親のスーは、彼の目から見ても子供にとって手本になるべきとても素晴らしい人でした。悪事に手を染めたり、不貞を働いたり、ということをするなど彼も父親も思ってはいませんでした。ただただ不思議に思っていたのです。
奇妙なことに父も、自分も、彼女の友人たちさえも、スーがどこで何をやっているか知っている人はいませんでした。父に聞いてみても「買い物に行ったのでは?」という答え。一時は子供であるジョンをなだめすかすための答えなのかもしれない、と父の答えを疑ったこともありましたが、どうやら本当にそう思っているようでした。
確かにクリスマスの準備には買うべきものがたくさんあり、うっかり忘れて再度出かけなければならないこともある。もしかしたらクリスマスカードが足りなかったのかも?プレゼントを書い忘れた?買ったデコレーションに不備があったのかも。父とジョンはそうやって彼らの憶測を受け入れることに慣れてしまいました。
疑心暗鬼と好奇心
母親のスーは嘘をつけるような人間ではありませんでした。ジョンにも嘘はつかないように教えていたし、基本的には全てなんでもオープンに話すような女性でした。だからかもしれませんが、クリスマスの彼女の行動については嘘をつく、というより明らかに話を避けているような印象でした。
それでも聞いてみれば四苦八苦しながら苦し紛れの言い訳をしている様子は、子供にでもわかってしまいます。そのうち予防線を張るかのように、「あれを買い忘れてしまった」だの「良いクリスマスプレゼントが見つからなかった」などと外出する口実を作るようになりました。こうやってスーは外出の機会を作っていきました。父とジョンは何かおかしいと感じながらも数年を過ごしていました。
父はそれほどこの問題を深刻には受け止めていないようでした。普段は良い妻、良い母である彼女のことですし、年に一度数時間の外出くらいは目をつぶっていたのかもしれません。それに反し、ジョンの猜疑心は年々高まっていました。母親に不満があるわけではありませんが好奇心がそそられるというのも事実でした。そして母親も皆が自分の行動に興味を持っていることもわかっていました。
話してくれたらいいのに
毎年母親はクリスマスシーズンが近づくと落ち着きがなくなるようでした。そうそれはまるで、周りから何をやっているのか、という無言の圧をかけられているかのようでした。ジョンは手を変え品を変えあらゆる方法で探り出そうとしましたが、彼女はいつも上手にはぐらかします。
自分の行動を奇妙に思われている、ということを知った後でも母親の行動は変わりませんでした。毎年クリスマスには数時間誰にも言わず家を空けるのです。何か言えないような恥ずかしいことをしているのでしょうか?ジョンは彼女に秘密ごとがある、という事実よりも彼女のことが心配になりだしました。
ジョンは彼女が本当のことを話してくれればいいのに、という願望を持っていました。たとえ何かあっても自分も彼女の手助けができるかもしれない。しかし長年にわたり答えをはぐらかされていた彼にとって、彼女の秘密を知ることはとても難しいようにも思えました。自分は母親から信頼されていないのではないか、そう思ったこともありました。しかしいくら聞いても答えてはくれないのだから、自分から話してくれるのを待つしかありません。
この謎を物語に
もしかしたら自分はまだ幼くて、母さんは僕が理解できないと思っているのかもしれない、もう少し大きくなったらお母さんはこの秘密について自分に教えてくれるかもしれない、と期待しながら数年が経っていました。一体いつになったら母は自分に話してくれるのでしょう?
ジョンはこの母親の謎の行動と秘密についての物語を「こころのチキンスープ」というシリーズ本に認めました。これは普通の日常と人間の生き方が書かれた、心温まる感動のシリーズで、毎年何千ものストーリーが寄せられ、今までに250冊以上もシリーズ化している人気シリーズです。
彼はこの作品を書くにあたり、ずっと気になっていたスーの秘密の行動を解き明かそうとしました。彼女が語ってくれることを待つつもりでいましたが、時には真正面からぶつかってみる必要がある、と感じていたのです。物語にすることによって何か見えてくることがあるかもしれないし、隠されていた秘密がわかるかもしれません。
いよいよその時期が?
本の執筆ということがきっかけでしたが、これはいよいよ彼が彼女の秘密と対峙する時期が来たのかもしれません。もう長年の間宙づりになったままの問題でしたが、ジョンはこれをないことにするつもりは毛頭ありませんでした。
しかし実際ジョンにとって問題になっていたのは、クリスマスの時に母親がいなくなる、という事実よりもなぜ秘密にしていたのか、という方が気になっていました。
何年もの間、幼い頃から行われていた母親の謎の習慣。ずっと気になってはいましたが、改めて問いただしたいかというと、そうでもなくなって来ていたのも事実でした。実際家族はうまくいっていたし、何も問題がなかったからです。そして、ジョンが大きくなったのと同様、時間は誰にでも平等に訪れるということを彼はあまり深く考えていませんでした。
謎は永遠に謎のまま・・・
いつもと同じような毎日を送る平和な生活に慣れきってしまったころ。その時は突然やって来ました。誰もが予測できることではなく、いつもと同じ日常は永遠には続かないのです。ずっと答えを待っていましたが、待っている時間も彼らが年をとる時間も平等に過ぎ去っていきます。
ジョンが待ち望んだ答えを得る前に、スーは天国へと旅立ちました。誰にも何も告げないまま。ジョンが大きく成長したのと同様に、母親も70歳になっていたのです。これで謎は永遠になってしまいました。
母親が眠りについたお墓を訪れた時、ジョンは全てを失ってしまった絶望感でいっぱいでした。母親について知りたいこと、語りたいこと、自分の全てだった母を失った喪失感から彼は動けなくなり、一晩母の前で座り込んでしまいました。いつかは話してくれると、ずっと機を伺ってはいましたが、母親の存在とともにその機会も永遠に失われてしまったようです。もうあの優しかった母親はどこにもいません。
色褪せた世界
愛する人と過ごせる喜びは永遠ではありません。もしかしたら次の瞬間にも失ってしまうかもしれない。忙しい毎日を送っているとつい忘れがちになってしまいますが、この日常、この会話こそを大切にしなければならないのだ、ということを実感させられます。今流れている全ての時間を精一杯生き、愛する人のために無駄にすることはできないのです。
母が亡くなり、彼女のあのクリスマスの行動についてもはや知ることはできなくなりました。誰も彼女の秘密を知らなかったし、そのことを考えるだけで彼女のことを思い出し、胸が苦しくなってしまったからです。自分を常に信じ、応援してくれたたった一人の愛情深い母親を失った苦しみは計り知れないものでした。
自分が作家として成功できたのも母のサポートと応援があったからこそだということをジョンは今更ながらに実感しました。書きたい話も、彼の作家としての成功も全て母親と共有したいものであったのに、その母はもういません。日常生活のちょっとしたこと、例えば朝淹れたコーヒーが美味しかっただとか、旅先で出会った人ととの面白かった話とか、そういったことを伝えたい、と思う人がいなくなったということは彼の世界を真っ暗なものに変えてしまいました。
一通の手紙
彼の人生で辛い時も楽しい時も常に寄り添ってくれていた母を亡くしたジョンは、もはや何をやる気力も残っっていませんでした。家に閉じこもり、誰とも会うことなく毎日をただ惰性で暮らしているような状況でした。
自分にとって最愛で全てだった母を亡くしたということは、彼にとって世界が無意味なことにも思え始めてしまっていました。家から出ないだけでなく、電話にも、メールにもいかなる外部からのメッセージを一切受け付けなくなっていました。
そんなある日、ジョンは一通の手紙を受け取ります。しかし心を閉ざしているジョンにとってそれは大した意味をもたらしませんでした。他の手紙や領収書の束とともに、書斎の机の上にポンと無造作に投げ出しました。ジョンには誰か心安らげる人が必要でした。ともに悲しみを分かち合える父親がそばにいてくれることを渇望していました。
届いた手紙は・・・
母を亡くして絶望の淵にいるジョンにとって、手紙は全く気になるようなものではありませんでした。普段からファンや出版社から多くの手紙が届いていたのでそれに埋もれてしまって、気にかけることもできなくなっていました。一体誰からの手紙だったのでしょう?そして何を彼に伝えようとしていたの絵でしょうか?
他の手紙や書類に埋もれたままその手紙は放置されていました。もしかしたら新しい仕事の案件や、コラボレーションの提案かもしれませんが、それすら考えるのも見るのも億劫だったのです。その手紙は書斎の未決のフォルダーに置かれていました。
翌朝書斎に立ち寄り、ふとその手紙が気になりました。他にも手紙はありましたが、なぜかその手紙が気になったのです。そうなるといてもたってもいられず何かに促されるまま、手紙の封を切り、中に入っていた便箋を取り出しました。一体何の手紙でしょうか?まず彼は差出人の名前に目を止めました。
ロバートからの手紙
はたしてその手紙は「ロバート」なる人物からのものでした。よくある名前でしたが、自分の知っている友人たちの中にはいません。おそらく仕事の依頼か何かだろうと、一瞬興味を失いかけました。ジョンは喪失感の中にあり、仕事のことなど考えられる状況ではなかったのです。
興味は失ったものの、続きをざっと眺めてみることにしました。もはやジョンには手紙を読むのをやめようという意欲すら残っていませんでした。ロバートの手紙の書き出しはこうでした。「初めまして。知らない人からの手紙でさぞかし驚かれたと思います。実は私たち家族からぜひあなたに知ってもらいたいことがあり、この手紙を書きました」
自分に知っておいて欲しいこと・・・一体それは何でしょう?ジョンは続きを読み進めます。「あなたのお母様のことです。私たち家族はあなたのお母様、そして家族の皆様に感謝しています」ますますわけがわからなくなりました。「あなたのお母様は毎年クリスマスに、ミセス・クロースの扮装で家にやってきてくれていました。そして私たち家族や子供たちにたくさんのギフトをくれていました。私たちには用意できなかったものです」
ようやくたどり着いた真実
スーはクリスマスには他の貧しい家族にプレゼントを届けていた、という長年追い求めていた事実がようやくわかりました。しかし、なぜ母親はこれを話してくれなかったのでしょう?隠し立てするようなことではなかったのに・・・
ようやくたどり着いた真実にジョンは感極まり大粒の涙を流し始めました。ずっと知りたかった母の行動、それがやはり母らしく優しく思いやりのあるものだったことに心の奥が揺さぶられもはや感情が追いつかず嗚咽を漏らすほどでした。しかし手紙にはまだ続きがありました。
「今までに彼女は私たちに、靴、シャツ、ジーンズ、おもちゃ、お菓子、様々なものを贈ってくれました。私たちも今あなたと同じ気持ちでいます。ミス・スーのことを思い出し寂しくて仕方がありません。彼女はとても素晴らしい人でした。私たち家族全員彼女のことを忘れられません」
天使のような母親の愛
喪失感でいっぱいだったジョンの心は、喜びと誇りに満ち溢れてきました。今まで何十年も不思議に思っていた母の行動の何と素晴らしいこと!そしてその素晴らしい母との思い出を共有することができる人がいることに。涙はとどまることを知らず、手紙を濡らしました。
ロバートの手紙はこう締めくくられていました。「彼女はあなたたちにこのことを内緒にしていると聞いていました。私たち家族はミス・スーのことを心から愛しています。しかし彼女が長年に渡り家族と過ごすべき大切なクリスマスの日に私たちのために時間を取ってくれたこと、私たちに長年何をしてくれていたのかをあなたにも是非知って欲しかったのです」
ジョンはこの手紙により、長年スーがやっていたことを知りました。家族にも言わず、ミセス・クラウスの格好で子供達を笑顔にしていたのだと思うと、胸がいっぱいで言葉を出せなくなりました。母親の子供でよかった、と改めて心の中で強く思ったのです。
自分の出来る精一杯のこと
しかし、なぜ彼女はこの善行を家族にも内緒にしていたのでしょう?それは、その年に一度のその数時間だけは、「他の子供のため」の時間だったからです。彼の母親としてでなく、妻としてでなく、その子供達だけのために存在でありたい、という彼女の願い、もしくは配慮だったのでしょう。
ジョンにとって母親は全ての愛を向けてくれている存在でした。しかしその愛が赤の他人である他の家族や子供たちにも向けられていた、という事実は「篤志」というだけでは説明がつかないほど深いものでした。
貧しい人や恵まれない人たちに対して、手を差し伸べたり施しを授けてくれるお金持ちの人もいるでしょう。しかしスーは自分の出来る範囲で出来る限りの愛情を持って成し遂げたのです。彼女が自分の自由に出来るものはわずかなお金と時間だけでした。そのことを知ったジョンは前より増して母親のことを尊敬せずにはいられませんでした。
妻を誇りに思う
突然届いた知らない人からの手紙はジョンの全てを変えました。先ほどまで抱えていた彼の喪失感、真っ暗な世界はもうありません。母親がいないという事実は変えられないけれど、このロバートからの手紙によりとても前向きな晴れやかな気持ちになれました。彼が長年追い求めていた秘密はこれほどまでに素晴らしいことだったのです。
この魔法のようなロバートからの手紙をジョンは何度も繰り返し読み返しました。そしてすぐさま父親の元へ駆けつけました。早く父にもこの母の素晴らしい行いと秘密を知ってもらいたかったのです。父親は長年隠されていた母親の行動に衝撃を受け、ジョンと同じように涙を隠しもせずむせび泣き始めました。
悪いことをしていたとは露ほどにも思ってはいませんでしたが、まさか彼女がこんなことをしていたとは・・・そんな素敵な女性と結婚生活を長年送ってこられたなんて、自分はなんて幸せだったのだろうと今更ながらに感慨に耽りました。この思いを彼女に伝えたくても、もう彼女はいないという寂しい現実はありましたが、彼女のことを思うと胸がいっぱいになりました。ジョンと同様、立派な妻を今まで以上に誇りに思い涙にくれたのでした。
最後のピース
父と息子は母との思い出をともに語り合いました。ピクニックに出かけたこと、夕食のテーブルを一緒に囲んだこと、そしてあのクリスマスの思い出を・・・そこに欠けていた空白の数時間という最後のピースがカチリと音を立ててはまりこみました。それは彼女が自分たちだけでなく他の子供たちをも笑顔にしていたという事実でした。
二人にはすぐにでもこの感動を与えてくれたロバートに返事をしなければならない、と思っていました。今まで自分たちが知らなかったスーの姿。スーがあなたたち家族からも愛されていたということ。ロバートから知らされた事実は二人の心をとても暖かくしてくれました。
もちろんジョン宛に届いたものですし、ジョンが返事をするのが筋というものです。すぐに筆をとり、ロバートへの返事を書き始めようとしました。しかしいつもなら容易に紡ぎ出せる言葉もうまくでてきません。ロバートから知らされた彼女の姿を思い浮かべては涙が止まらなくなりました。
ロバートへの返信
ようやくジョンの頭も動き始めると、頭の中を様々な言葉がよぎって行きました。すると今度は書きたいことが多すぎて、うまく内容がまとめられなくなってきました。このまま筆を滑らせれば途轍もない量の文章を書いてしまいそうです。
その情熱を押しとどめ、簡潔に手紙を書くことにしました。「あなたからの手紙は私の人生で受け取った中で最も素晴らしい贈り物でした」ジョンは簡潔に書きたいことだけをまとめると、ロバートの手紙に書かれていた住所を宛先に記し、手紙をポストに入れました。もちろんこのお話には続きがあります。
返事を書いたその晩、ジョンは興奮して眠ることができませんでした。頭の中に溢れてくる言葉を文章にしたい、早く物語にしたいという思いで溢れかえっていたのです。ロバートから手紙を受け取ってからというもの、今まで止まっていた彼の思考が、途轍もない速さで彼の感情も事態も進んで行きます。
「こころのチキンスープ」への執筆
ジョンにとって執筆業についていることはとても幸運でした。この母の姿や思いを多くの人に共有してもらうことができるのですから。自分が培ってきた技術で、自身が感動したように他の人にも感動を与えることができるのです。ジョンは常日頃からこの尊敬できる母のことを多くの人と分かち合いたいと思っていました。
現在はインターネットやSNSの普及により、誰でも自分の思いを発信したり、様々な誰かの話を受け取れる時代です。ジョンは彼女の母が起こした奇跡を多くの人に知ってほしい、共有したいと願っていました。自分の言葉でスーのことを表し、スーがもたらした感動を後世までにも残したいと思っていたのです。
2016年にジョンは、愛の奇跡の物語で知られる「こころのチキンスープ」からクリスマス版のストーリーを書いてもらえないかというオファーを受けます。もちろん彼は多くの人に感動とインスピレーションを与えたかったためこのオファーを二つ返事で引き受けました。スーも天国の上で喜んでいたことでしょう。
最高のクリスマスギフト
誰にも知らせず、何の見返りも求めないスーの行動は、今ここで報われました。もちろん人気シリーズへの掲載といった目に見えることから、感受性豊かな息子を立派に育て上げた、という事実も含めてです。全米で話題となった人気シリーズに息子が執筆できることを知ったら、スーはもちろん心の底から喜んだことでしょう。
ジョンはこのオファーは神様がくれた最高のクリスマスギフトだと感じていました。そしてこれは単なるラッキーであったのではなく、長年積み重ねた母の善行が巡り巡って彼の元へ届けられた運命のオファーであると信じました。それはまさに母親が彼に向かって微笑みかけてくれているかのような感覚を受け取ったのです。
「こころのチキンスープ」の編集長であるエイミー・ニューマークはジョンのこの普通の主婦であるスーの何気ないしかし確固たる行動が他の人を笑顔にしたという物語を見た瞬間に魅了されたと語っています。毎年何千もの応募から選ばれたということに誇りを持つとともに、これからも多くの作家がこれにチャレンジし、選ばれることを期待しています。